【無自覚系エロ娘って良いよね! ってお話 〜 前編 〜】










「――う〜ん……これは私じゃ直せないね」

 幻想郷の地下に広がる旧都。そこを治める古明地の屋敷の一室で、困ったような声を上げたのは、本来此処には居ない筈の河童――河城にとりであった。彼女の目の前にはこの屋敷の住人であり、地底世界の最下層たる火炎地獄跡の管理人、霊烏路空がにとり同様の困り顔を浮かべている。
 二人の少女が一様に見詰めているのは、にとりの手の中にある筒状の物体――空の右腕から外された第三の足≠セった。空の中には究極の力とされる物が宿っており、その制御の為に第三の足は必要不可欠な物である。しかし此処最近、急に第三の足の調子が悪くなり始めたのだ。
 にとりはその修理の為に呼ばれた……のだが。

「私――河童の専門は科学だからね。それに対してこいつはどっちかと言うと魔法の部類だよ」

「うにゅ……? それって違うの?」

「日本語と英語くらい違うかな。どっちも似たような物だと考えて良いけど、系統が違うのよ」

「???」

 にとり的には解りやすく説明したつもりなのだろうが、生憎おつむが余り宜しくない空には理解出来無かったらしい。不思議そうに首を傾げる空に何処と無く不満気な表情を浮かべつつも、どうしようかと思考する。にとりとてそれなりに長生きしてるから、マジックアイテムにもある程度の造詣はあった。応急処置くらいなら出来るだろう。けれどもそれで済ます訳にも行くまい。何しろ、空の力の恐ろしさは彼女も良く知っているのだから。
 さてさて誰か適任は居るかな――知り合いの顔を浮かべていく内に、一人良さ気な人物がにとりの脳裏に浮かんだ。


「そうだ! あの人なら何とか出来るかも!」





* * *




「――それで僕の所まで来たって訳か」

 所変わって香霖堂。
 昼でも薄暗い店の中で何時も通り本を読んでいた霖之助の顔が、疲れたように歪められていた。彼の目の前に居るのは、態々地下から出て来たにとりと空の二人。にとりの方は魔理沙繋がりで以前から親交があったが、空は初めての来店だ。初めて見る外の世界の道具達に興味津々と言った様子で、落ち着き無く店内をうろちょろしていた。
 霖之助はそんな彼女が勢い余って何か壊したりしないかと心配気に視線を配りながら、にとりの話に耳を傾ける。曰く、空の第三の足の修理をする人物として白羽の矢が当てられたのが、自分なのであると。

「そーいう事ね。店主ならマジックアイテムに関しても詳しいでしょ?」

「……まぁ、確かにそっち方面じゃあそれなりの腕を持ってると自負しているが」

 何しろ、魔理沙の代名詞とも云えるミニ八卦路を作ったのは彼である。レプリカとは言え、宝具級の代物を扱えるともなればその実力は十分であろう。

「……まぁ、代金さえちゃんと払ってくれるなら構わないよ」

「それなら大丈夫よ。あの子の主は……面倒ではあるけど悪い奴じゃないし、誰かさん方みたいに踏み倒したりしない筈だよ」

「だと良いけどね」

 自分で言っておきながら若干自信無さ気なにとりの言葉に、苦笑を浮かべつつも霖之助は存外簡単に承諾した。彼にしてみればこれは新たな顧客獲得のチャンスであり、半ば道楽で店をやっているとは言え、それを見逃すほど抜けてはいないのである。そんな彼の思惑を何となく察知したにとりは苦笑いを浮かべつつ、未だ店内をうろつく空を呼び寄せた。

「うにゅ? 誰このおにぃさん?」

「……君等が此処に来てから結構経ったと思うが、今まで気付かなかったのか?」

「あはは……。お空、彼があんたの第三の足を直してくれるんだよ」

「ほんと!? ありがとうおにぃさん!」

「礼なら直してからで良いよ。後、言葉ではなく形のある物でね」





 ――トントン、カンカン。

 にとりと空の依頼を受けたその翌日、香霖堂に珍しく朝から騒がしい音が響き渡る。勿論それは以来の品である第三の足を直す為の物で、霖之助は寝食も惜しんでその作業に没頭していた。
 普段こそ『商売する気があるのか?』と思われがちな彼だが、こうしていざちゃんとした(此処重要)客を相手にする時は真面目に仕事をするのだ。そうこうする内に、工具の音に混じってペタペタと小さな足音が霖之助に近付いてくる。

「おふぁよ〜おにぃさん……」

「あぁ、おはよう。井戸なら裏にあるから顔を洗ってくると良い」

「そうふるぅ……」

 未だ夢見心地な様子でやってきたのは、件の依頼主である霊烏路空だ。品が品だけに霖之助に全部任せて一人帰る訳にも行かなかったのだろう。彼女は昨日香霖堂に泊まったのである。
 お陰で大変な目にあった、と霖之助は昨夜の事を思い出して小さく嘆息した。別に彼女が商品を壊しただとか何か騒ぎを起こしただとかでは無い、唯――


「顔洗ってきたよー! おにぃさんご飯ー!」


「おうわ!?」

 突然霖之助の背中を衝撃が襲う。噂をすれば影という奴だろう、それは今し方霖之助が思い浮かべていた少女であった。霖之助に言われた通り井戸で顔を洗い、ついでに寝巻きから着替えてきたらしい彼女は、先程まで寝惚けっぷりが嘘のようにハイテンションで抱きついてくる。その言動の割に豊満な彼女の胸が、身体を動かす度に霖之助の背中でムニュムニュと形を変えていく。

(――またか)

 再び、霖之助が胸の内で溜息を吐く。彼女のこの行動こそが彼の悩みの種であったのだ。何しろ某客じゃない常連二人とは違って、その身体つきは大人の女性そのもの。それでいて行動は子供のそれで、無防備なほどに無邪気に接してくるのだから堪らない。
 そんな状況の中でも作業を続けられる霖之助は流石と言うか、枯れてると呆れるべきなのか……とは言え、何も感じない訳ではないようだが。

「ごーはーんーッ!」

「あぁ解った! 解ったから背中で暴れないでくれ」

 空が暴れれば暴れるほど押し付けられた胸は大きく揺れ動き、霖之助に羞恥とこそばゆさを与える。それから逃れたい思いもあって、空の言葉に素直に従う事にした。

(やれやれ、この調子では何時まで経っても終わりそうに無いな……)

 ぼりぼりと一晩中作業していた所為か少しべたつく頭を掻きながら、霖之助は台所へと向かう。先に風呂に入った方が良いのでは――そう思わないでもないが、騒ぎ立てる空を放っておく方が面倒だとの選択だ。
 最初こそ新たな顧客開拓のチャンスかと思ったものの、今や霖之助の胸中にはさっさと依頼をこなして空とおさらばしたい気持ちが一杯であった。

(決して悪い娘ではないのだが……)

 やたらと引っ付いてくる事を除けば、霖之助の言う事も素直に聞くし家事等も手伝ってくれる。トントン、と手元の包丁を動かしつつも、ぼんやりと霖之助はそんな事を考えていた。
 それがいけなかったのだろうか――

「痛ッ!?」

 ザクリと嫌な音と共に、左人差し指の先に鋭い痛みが走る。視線を向けるまでも無い、包丁で指先を切ってしまったのだ。その際の悲鳴を聞きつけたのだろう、居間で待っていた筈の空がひょっこりと顔を出してきた。

「おにぃさん? どうかしたの……って、わッ! 怪我してるわよ?」

「あぁ、大した傷じゃないよ」

 一瞬痛みに顔を顰めたものの、すぐに冷静さを取り戻して霖之助は水瓶から水を掬って傷口を洗い流した。しかし、意外と深くまで切ってしまったのかすぐに新たな血が滲み出てきてしまう。それを見てやれやれと肩を竦め、救急箱のある居間に行こうとした霖之助であったが……その前に空が何故か立ちはだかった。

「……? どうかしたのか?」

「おにぃさん……血が出てるよ、どくどくと」

「あぁ、だから今救急箱を取りに行こうと――」

「はむ」

「ッ!?」

 会話する時間も惜しいと空を押し退けようとした霖之助だが、彼女の唐突な行動が彼の動きを止めた。即ち、今も尚血を滴らせる霖之助の指を……あろう事か自らの口に含んだのだ。思いもよらない彼女の行動に霖之助の脳がパーフェクトフリーズしてしまうのを誰が責められるだろうか、いや出来まい!

「ん……んちゅ、れる……」

 霖之助の男性らしからぬ白く細い指が、生暖かく柔らかい感触に包まれる。その事実を彼の脳が意識するよりも早く、更なる衝撃が襲ってきた。霖之助の指先から尚もとくとくと溢れ出す命の雫を抑えるようにして、傷口に空の舌が乗せられ、円を描くようにして撫でられる。その様はさながら、渇きを癒さんと血を欲する吸血鬼のようだ。

「んぷ……どう、おにぃさん……?」

 彼女が指を口から離したのは、指先が唾液塗れになるほど舐め回してからの事であった。それと同時にようやく霖之助の思考が事態に追いつき始める。目の前の少女が何をしたのか、そして自分が何をされたのかを理解し、呆然とした様相で問い返した。

「どう、とは……?」

「傷、治った……? 唾をつければちょっとした傷は治る、ってお燐が言ってたから……」

 お燐、と言うのが誰の事を指すのかは霖之助には解らない。しかしそれが、空にこのような行動を起こさせる切欠を作った人物だと言う事は理解出来た。別にお燐にも悪気が無いであろう事は霖之助も理解していたが、それでもこの状況では恨み言の一つも言いたくなるのは仕方ないだろう。
 だが、問題はそれよりも――

「うにゅ……。おにぃさん、怖い顔してる……まだ、傷痛むの?」

 慣れない行為をしたからか淡く紅潮する柔らかそうな頬、仄かに潤む大きく丸い瞳。心配そうに霖之助の事を見上げる空からは、普段の子供っぽさからは想像も出来ないほどの妖艶さが溢れ出していた。元より彼女の身体つきは大人の女性そのもの。並の男であれば既に堕ちていてもなんら不思議は無い状態だ。これで耐えられるとしたら、そっちの趣味か或いは相当に強靭な精神力の持ち主くらいだろう。
 そして霖之助は後者であった。

「い、いや……傷はもう大丈夫だ。心配ない」

 未だ混乱の最中にあった意識を理性で強引に押さえ、慣れない笑顔を浮かべて右手で空の頭を撫でてやる。普通ならそこで余りにもぎこちない彼の笑みに、見たものは眉を顰めるだろう。しかし幸いな事に、空は彼の言葉を屈託無く信じて嬉しそうに笑みを浮かべていた。
 その笑顔を眺めながら、霖之助は切に願う。



 ――これ以上の面倒は起こりませんように、と。



 勿論、その願いが聞き届けられる事は無い訳であるのだが……。





* * *




「ふぅ……」

 湯気漂う香霖堂の風呂場、先の異変で湧いた温泉を利用して改修したそこに肩まで浸かり、霖之助は腹の底から搾り出したような息を吐いた。いや実際のところ彼はこれ以上無いほどに疲れ切っていた、主に精神的に。
 その原因は勿論昨日から泊り込んでいる空であり、彼女の事を考えるだけで頭が痛くなってくる。無論、彼女に悪気が無い事は霖之助も十分に理解していた。しかしそれ故にどうやって言い聞かせれば良いか解らず、また言ったところで彼女が理解してくれるとは霖之助には思えなかったのである。

「無邪気な邪気、とは良く言ったものだ……」

 霖之助の計算では彼女の第三の足が直るのは、最短でも明日と言ったところ。流石に夜は彼女も寝るから作業に集中できるものの、起きている間はずっと相手しなければならないと思うと、何だか風呂場から出たくなくなる気分であった。
 ――しかし、そこも決して彼にとっての安穏の地とはならなかった。

「おにぃさん、入るねー」

「……は?」

 ある意味、それは理想郷だったのかもしれないが(主に健全な一般男子的な意味で)。




「〜♪」

 ゴシゴシゴシ、と布を擦り付ける音に混じって、空の如何にもご機嫌な鼻歌が霖之助の耳に届く。聴く者の心も弾ませるような、本当に楽しげな響きではあったものの、しかし霖之助の口から出るのは溜息ばかりであった。
 今彼等が一体どう言う状況にあるのかと言えば、場所は相変わらずの風呂場であり霖之助は突然入ってきた空に背中を流されているのである。

(……何なんだこの状況は?)

 それは今し方説明したばかりでありまた彼自身も十分に理解していた。が、それでも彼の頭に浮かぶのはその言葉ばかりである。しかしそれも仕方ないだろう。何しろ昨日出会ったばかりの少女にやたらと懐かれ……まぁそれはまだ良いとして、あろう事か背中を流されている。一応互いにタオルは巻いているものの、場所が場所だけに当然その下は裸であり要するにすっぽんっぽん。外の世界風に言うなら何処のエロゲーだこれ、と言ったところだろう。
 因みに、空がこんな行動を取った原因については彼女曰く――


『男の人にお礼する時はお風呂で背中流してあげると良いよ、ってお燐が言ってた!』



 またお燐≠ニやらか! それを聞いた瞬間、霖之助は恥も外聞もその他諸々も投げ打って思いっきり叫びたい衝動に駆られた。それと同時に顔も知らぬお燐のしてやったりな顔が、やけにはっきりと霖之助の脳裏に浮かんだのは、果たして気の所為であろうか?
 荒事は苦手だと自認する彼ではあるが、今回ばかりはちょいと怒りが有頂天に達して超が付く半人半妖に覚醒しちゃいそうな感じである。とは言え、今彼の最優先事項は如何にこの状況を切り抜けるかだ。

(……とりあえず、彼女が満足するまで大人しくしている他あるまい。幸い、言葉以上の事をするとは思えないし)

 今まで散々悩まされた空の子供っぽさが、この場では唯一の救いとなっているその事実に霖之助は嘆息する。しかし子供と言うのは得てして、大人にはその思考が読み取れない生き物であった。

 ――ツツー……。

「うおッ!?」

 脈絡も無く霖之助の背筋に走る、ゾクゾクとした感覚。それが背中を撫でられた結果である事を理解した彼が慌てて振り向くと、そこでは空が何やら感心したように呆けた表情を浮かべていた。思わず何事か、と霖之助は不快感も合わさって眉を顰める。それが届いた訳ではないだろうが、空がポツリと呟いた。

「……おにぃさん、肌綺麗だねー……。それにすべすべしてる……」

「く……」

 さわさわと優しげに擦られるそのこそばゆい感触に、霖之助は思わず呻き声を上げる。そんな彼の様子を気にした様子も無く……と言うかそもそも気付いてすらいないらしい空は、尚も彼の背を擦りながら『ほへ〜』とか『にゅ〜』とか間の抜けた声を出していた。今までの彼女の行動は極力気にしないよう勤めてきた霖之助であったが、流石にこれ以上放っておいたらやばい事になりそうだ、と自己防衛本能がどこぞの妖怪少女と相対した時並に警報を鳴らす。
 しかし、彼が何か言うよりも一瞬早く――

「うにゅ……良いなー」

 ガバ、と空が勢い良く背中に抱きつき頬擦りまで始めてしまった。それ自体は昨日今日で幾度となくされてきた行為であったが、しかし今は格好が格好。柔らかさとか弾力とか熱さとか……その他諸々がダイレクトに霖之助に伝わってしまった。
 長命故かそれとも性格か、一般人間男性に比べて性欲がかなり薄気味な彼にも、流石にこれに反応しない訳が無かった。と言うか、これで反応しないならそれはもう枯れてるを通り越して単なる不能だ。

「おにぃさんの肌、私やお燐よりも綺麗かもぉ……。
 旧都にいる男の人達は皆黒かったり青かったりムキムキだったりするのにー」

 そりゃ妖怪だからだろう――そんなツッコミを入れる余裕は、当然霖之助には無かった。本人に自覚はないのだろうが、抱きつく形になっている以上彼女の腕は霖之助の胸板に回されており、うっとりとした声音でそれを撫で回す様は娼婦以外の何者にも見えない。
 そして、

「――ッ! 空ッ!」

 偶然か、はたまた本能か……空の手が下に動き始めたその時、半ば雰囲気に呑まれ掛けていた霖之助がハッと我に返った。自らの胸に回された彼女の片腕を強引に掴み、締め上げながら振り向く。痛そうに顔を顰める空の姿に、痣が残ってしまうかもしれないなと思いつつも霖之助は腕の力を緩める事はしない。これ以上受けに回ってはそれこそ取り返しの付かない事になる――その、殆ど確信と言っても良い想像が彼の中に浮かんでいた。例え嫌われ反撃を受けようとも此処は強く言い聞かせる――そう霖之助は考えていた、のだが……。

「い、痛いよぉ……おにぃさん……ッ!」

「……ッ!」

 苦痛からか微かに潤んだ大きく丸い瞳は不安げに揺れ、紅潮した頬とその上を伝うは汗とも涙とも取れる雫……。一瞬、その淫靡なまでの艶やかさに霖之助は思わず腕の力を緩めそうになってしまう。しかしそれを何とか押し留め、彼女を戒める為の言葉を紡ぎ始める。


「君は少し無邪気過ぎる。馬鹿な男なら誘われてる、と勘違いしてしまいかねないほどにね」



 ――その、筈だった。


「…………そう、このように、ね……」

 突然の豹変についていけず思考が固まっているらしい空の頬に、霖之助は片手を添えた。ゆっくりと頬を降りていくそれは、やがてその指先は彼女の唇の端に辿り着き、ツーと淡いタッチでまるで舐めるように撫でられる。

「ん……!」

 それがくすぐったいのか、或いはもっと別の感覚故か……ピクンと空の身体が小さく跳ねるのを見て、霖之助は薄く笑みを浮かべる。その瞳に宿る嗜虐的な光に怯え、いやいやとまるで懇願するように顔を振る空を、しかし霖之助は腕に力を込める事で固定させた。
 そして、プルプルと震える彼女の顔に自分の顔を近づけ――


「…………チッ」



 しかし接触まで後僅か、と言うところで彼は苛立たしげに舌打ちしながら、空から手を離して距離を取った。そして一言、『すまない』と小さく零して彼はまるで逃げるように風呂場から出て行く。その顔はとても辛そうに歪められていて、空は襲われ掛けた事も忘れて、彼の後姿を眺めていた――





* * *




「……らしくない事をしたものだ」

 逃げ出すように風呂場から出た霖之助は、夜風に当たろうと思い縁側に出ていた。サァ、と吹いた爽やかな風が彼の色々な意味で火照っていた体を冷まして行く。しかし爽やかになったのは身体の表面だけで、彼の胸中まではそうは行かなかった。

(本当に……僕らしくも無い……)

 はぁ、と腹の底から搾り出すように息を吐いた彼の脳裏には、先程の風呂場での出来事が再生されていた。決して彼だけに非があった訳ではないのだが、それでも状況が状況だけに第三者から見れば、彼の姿はいたいけな少女に襲い掛かる強姦魔にしか見えなかったであろう。もしもその第三者が天狗だったりしたら、それこそ社会的にも物理的にも彼はこの世から消滅するに違いない。
 とは言え、霖之助にとってそれはどうでも良い……と言う訳ではないものの、最優先で考えるべきは別の事であった。それは、襲い掛けてしまった空の事。半ば雰囲気に呑まれてしまっていたとは言え、自分で言った馬鹿な男≠ノ成り下がってしまった事に、また一つ息を吐いた。

(さて、どうやって彼女に謝罪すべきか……)

 普段であれば例え自分に非がある事でも、屁理屈と言う名の理論武装と口八丁で相手を丸め込む彼であったが、流石に今回は事が事だ。適当に誤魔化して良いような問題ではなく、何よりこのままでは彼自身の気持ちに収まりが付かなかった。何だかんだで真面目且つお人好しなのだ、この店主は。

「……やはり、素直に謝るべきか」

 解りきっていた答えを、しかし敢えて口にする事で決意を固める。そうと決まれば善は急げ、だ。またうじうじと悩みだす前にちゃっちゃとやる事やった方が、精神衛生上よろしいだろう。よし、と小さく頷き霖之助は立ち上がろうとして――しかしそれは叶わなかった。


「おにぃさん……」



 ふわり、とまるで包み込むようような優しさを持って、霖之助は背後から抱きしめられる。それが空によるものである事は、言うまでも無い事であった。首元に絡められた細い腕にキュッと力が込められ、互いの吐息が感じられるほどに頬を寄せてくる。やっている事自体は今までと変わらないのに、そこから感じられる雰囲気はまるで違っていて……優しく、淫靡ですらあった。

「……どうしたんだ」

 喉元まで出かけた声を何とか押し止め、霖之助は唯それだけを絞り出す。薄い寝巻き越しに感じる少女の肢体は何時にも増して艶かしく、否応無く霖之助の男≠刺激してきた。意識してやってるのか、そうでないのか……どちらにしろ悪い冗談だ、と霖之助は思う。
 しかしそんな彼の思いを余所に、空は極めて静かな声で言葉を零しだす。

「あのね……さっきおにぃさんに迫られた時、私怖かった」

 その言葉が、自分の醜い部分を真正面から押し付けられたようで、霖之助の胸に鋭い痛みが走る。しかし、彼女の言葉はそこで終わりではなかった。

「でも……それよりももっと胸がドキドキして痛いくらいだった」

「……それは、怖かったからじゃないのか?」

 ううん、と霖之助の言葉を否定するように空の長い黒髪が左右に揺れる。

「このドキドキは違う気がする。……でね、前にお燐が言ってた事を思い出したの」

 またお燐≠ゥ――そんな思いが霖之助の中に浮かぶも、口には出さずに黙って空の言葉の続きを待つ。

「お燐は、『大好きな人と一緒にいると胸がドキドキするのよー』って言ってた」

「……それが?」

「その時はその意味がわかんなかった。
 だって、お燐やさとり様の事私大好きだけど、ドキドキしたりはしなかったもの」

「それは……」

 好き≠フ意味が違うから……なのはいうまでもないだろう。空が抱いているそれは友愛、敬愛といった感情だ。しかしお燐が言っていたというそれはこの世で最も重く、美しく、そして醜い異性≠ヨの愛。

「それでね、私わかったんだ。お燐の言ってた好き≠チて、この事だったんだって」

 彼女の言葉は恐らくは正しいのだろう。しかしそれを理解はしても、納得するのは霖之助は躊躇われた。

「……何故そう思ったんだい? 僕は君を襲おうとしたんだぞ?
 それに、僕等はまだ出会って一日たらずしか経っていない」

 長く一緒にいれば良い――という訳では必ずしもないが、しかし重要である事は間違いないだろう。

「君には僕が優しく見えたかもしれないが、それは僕がそういう風に振舞っていただけかもしれない。
 そして、僕の本性はさっき風呂場で見せたあれなのかもしれないよ?」

 商売人であり且つ店主と客の間柄である以上、ある程度のキャラを作っていたのを霖之助は否定しない。しかし、あれが自分の本性だとも思いたくはなかったのだが。

「でも、私はおにぃさんの事好きだよ? それは今も変わらないもの」

 そこで一旦言葉を切り、空は未だ抱きついたままの腕にそっと力を込める。

「だから……さっきのも、あんまり嫌じゃなかった……そう、思う」

 自分の言っている事に確信が持てないのか、或いは単に恥ずかしいのか……恐らくはその両方から、空の声はモゴモゴと小さくなっていく。それが何だか可笑しくて、霖之助は状況にも拘わらずクスリと口元に小さな笑みを浮かべた。

「そうか……そう言ってもらえると、僕も嬉しいよ」

「……ほんと?」

「……あぁ。そこまで好かれてるのに嬉しくない、何て言うほど僕も捻くれているつもりはないよ」

「ッ! おにぃさん大好き!」

「ぐはッ!?」

 霖之助の言葉に感極まったのか、空は思わず思いっきり腕に力を込めてしまう。見掛けは可憐な少女とは言え、中身は神の力を呑み込んだ妖怪であり、単純な力も人間の比ではない。だから、大して鍛えていない霖之助があっさりと意識を手放してしまったのも……仕方ない事であろう。

「にゅ……? おにぃさん? おにぃさんッ!?」

 そして後には、ぐったりと横たわる霖之助と慌てて彼の身体を揺する空の姿が残ったのであった。



















◆後書き◆

言いたい事は全てタイトルに凝縮しました。

2009/8/19:執筆
2010/3/5:掲載











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【無自覚系エロ娘って良いよね! ってお話 〜 前編 〜】










「――う〜ん……これは私じゃ直せないね」

 幻想郷の地下に広がる旧都。そこを治める古明地の屋敷の一室で、困ったような声を上げたのは、本来此処 には居ない筈の河童――河城にとりであった。彼女の目の前にはこの屋敷の住人であり、地底世界の最下層た る火炎地獄跡の管理人、霊烏路空がにとり同様の困り顔を浮かべている。  二人の少女が一様に見詰めているのは、にとりの手の中にある筒状の物体――空の右腕から外された第三 の足≠セった。空の中には究極の力とされる物が宿っており、その制御の為に第三の足は必要不可欠な物であ る。しかし此処最近、急に第三の足の調子が悪くなり始めたのだ。  にとりはその修理の為に呼ばれた……のだが。

「私――河童の専門は科学だからね。それに対してこいつはどっちかと言うと魔法の部類だよ」

「うにゅ……? それって違うの?」

「日本語と英語くらい違うかな。どっちも似たような物だと考えて良いけど、系統が違うのよ」

「???」

 にとり的には解りやすく説明したつもりなのだろうが、生憎おつむが余り宜しくない空には理解出来無かっ たらしい。不思議そうに首を傾げる空に何処と無く不満気な表情を浮かべつつも、どうしようかと思考する。 にとりとてそれなりに長生きしてるから、マジックアイテムにもある程度の造詣はあった。応急処置くらいな ら出来るだろう。けれどもそれで済ます訳にも行くまい。何しろ、空の力の恐ろしさは彼女も良く知っている のだから。  さてさて誰か適任は居るかな――知り合いの顔を浮かべていく内に、一人良さ気な人物がにとりの脳裏に浮 かんだ。

「そうだ! あの人なら何とか出来るかも!」

* * *





「――それで僕の所まで来たって訳か」

 所変わって香霖堂。  昼でも薄暗い店の中で何時も通り本を読んでいた霖之助の顔が、疲れたように歪められていた。彼の目の前 に居るのは、態々地下から出て来たにとりと空の二人。にとりの方は魔理沙繋がりで以前から親交があったが、 空は初めての来店だ。初めて見る外の世界の道具達に興味津々と言った様子で、落ち着き無く店内をうろちょ ろしていた。  霖之助はそんな彼女が勢い余って何か壊したりしないかと心配気に視線を配りながら、にとりの話に耳を傾 ける。曰く、空の第三の足の修理をする人物として白羽の矢が当てられたのが、自分なのであると。

「そーいう事ね。店主ならマジックアイテムに関しても詳しいでしょ?」

「……まぁ、確かにそっち方面じゃあそれなりの腕を持ってると自負しているが」

 何しろ、魔理沙の代名詞とも云えるミニ八卦路を作ったのは彼である。レプリカとは言え、宝具級の代物を 扱えるともなればその実力は十分であろう。

「……まぁ、代金さえちゃんと払ってくれるなら構わないよ」

「それなら大丈夫よ。  あの子の主は……面倒ではあるけど悪い奴じゃないし、誰かさん方みたいに踏み倒したりしない筈だよ」

「だと良いけどね」

 自分で言っておきながら若干自信無さ気なにとりの言葉に、苦笑を浮かべつつも霖之助は存外簡単に承諾し た。彼にしてみればこれは新たな顧客獲得のチャンスであり、半ば道楽で店をやっているとは言え、それを見 逃すほど抜けてはいないのである。そんな彼の思惑を何となく察知したにとりは苦笑いを浮かべつつ、未だ店 内をうろつく空を呼び寄せた。

「うにゅ? 誰このおにぃさん?」

「……君等が此処に来てから結構経ったと思うが、今まで気付かなかったのか?」

「あはは……。お空、彼があんたの第三の足を直してくれるんだよ」

「ほんと!? ありがとうおにぃさん!」

「礼なら直してからで良いよ。後、言葉ではなく形のある物でね」

 ――トントン、カンカン。  にとりと空の依頼を受けたその翌日、香霖堂に珍しく朝から騒がしい音が響き渡る。勿論それは以来の品で ある第三の足を直す為の物で、霖之助は寝食も惜しんでその作業に没頭していた。  普段こそ『商売する気があるのか?』と思われがちな彼だが、こうしていざちゃんとした(此処重要)客を 相手にする時は真面目に仕事をするのだ。そうこうする内に、工具の音に混じってペタペタと小さな足音が霖 之助に近付いてくる。

「おふぁよ〜おにぃさん……」

「あぁ、おはよう。井戸なら裏にあるから顔を洗ってくると良い」

「そうふるぅ……」

 未だ夢見心地な様子でやってきたのは、件の依頼主である霊烏路空だ。品が品だけに霖之助に全部任せて一 人帰る訳にも行かなかったのだろう。彼女は昨日香霖堂に泊まったのである。  お陰で大変な目にあった、と霖之助は昨夜の事を思い出して小さく嘆息した。別に彼女が商品を壊しただと か何か騒ぎを起こしただとかでは無い、唯――

「顔洗ってきたよー! おにぃさんご飯ー!」

「おうわ!?」

 突然霖之助の背中を衝撃が襲う。噂をすれば影という奴だろう、それは今し方霖之助が思い浮かべていた少 女であった。霖之助に言われた通り井戸で顔を洗い、ついでに寝巻きから着替えてきたらしい彼女は、先程ま で寝惚けっぷりが嘘のようにハイテンションで抱きついてくる。その言動の割に豊満な彼女の胸が、身体を動 かす度に霖之助の背中でムニュムニュと形を変えていく。 (――またか)  再び、霖之助が胸の内で溜息を吐く。彼女のこの行動こそが彼の悩みの種であったのだ。何しろ某客じゃな い常連二人とは違って、その身体つきは大人の女性そのもの。それでいて行動は子供のそれで、無防備なほど に無邪気に接してくるのだから堪らない。  そんな状況の中でも作業を続けられる霖之助は流石と言うか、枯れてると呆れるべきなのか……とは言え、 何も感じない訳ではないようだが。

「ごーはーんーッ!」

「あぁ解った! 解ったから背中で暴れないでくれ」

 空が暴れれば暴れるほど押し付けられた胸は大きく揺れ動き、霖之助に羞恥とこそばゆさを与える。それか ら逃れたい思いもあって、空の言葉に素直に従う事にした。 (やれやれ、この調子では何時まで経っても終わりそうに無いな……)  ぼりぼりと一晩中作業していた所為か少しべたつく頭を掻きながら、霖之助は台所へと向かう。先に風呂に 入った方が良いのでは――そう思わないでもないが、騒ぎ立てる空を放っておく方が面倒だとの選択だ。  最初こそ新たな顧客開拓のチャンスかと思ったものの、今や霖之助の胸中にはさっさと依頼をこなして空と おさらばしたい気持ちが一杯であった。 (決して悪い娘ではないのだが……)  やたらと引っ付いてくる事を除けば、霖之助の言う事も素直に聞くし家事等も手伝ってくれる。トントン、 と手元の包丁を動かしつつも、ぼんやりと霖之助はそんな事を考えていた。  それがいけなかったのだろうか――

「痛ッ!?」

 ザクリと嫌な音と共に、左人差し指の先に鋭い痛みが走る。視線を向けるまでも無い、包丁で指先を切って しまったのだ。その際の悲鳴を聞きつけたのだろう、居間で待っていた筈の空がひょっこりと顔を出してきた。

「おにぃさん? どうかしたの……って、わッ! 怪我してるわよ?」

「あぁ、大した傷じゃないよ」

 一瞬痛みに顔を顰めたものの、すぐに冷静さを取り戻して霖之助は水瓶から水を掬って傷口を洗い流した。 しかし、意外と深くまで切ってしまったのかすぐに新たな血が滲み出てきてしまう。それを見てやれやれと肩 を竦め、救急箱のある居間に行こうとした霖之助であったが……その前に空が何故か立ちはだかった。

「……? どうかしたのか?」

「おにぃさん……血が出てるよ、どくどくと」

「あぁ、だから今救急箱を取りに行こうと――」

「はむ」

「ッ!?」

 会話する時間も惜しいと空を押し退けようとした霖之助だが、彼女の唐突な行動が彼の動きを止めた。即ち、 今も尚血を滴らせる霖之助の指を……あろう事か自らの口に含んだのだ。思いもよらない彼女の行動に霖之助 の脳がパーフェクトフリーズしてしまうのを誰が責められるだろうか、いや出来まい!

「ん……んちゅ、れる……」

 霖之助の男性らしからぬ白く細い指が、生暖かく柔らかい感触に包まれる。その事実を彼の脳が意識するよ りも早く、更なる衝撃が襲ってきた。霖之助の指先から尚もとくとくと溢れ出す命の雫を抑えるようにして、 傷口に空の舌が乗せられ、円を描くようにして撫でられる。その様はさながら、渇きを癒さんと血を欲する吸 血鬼のようだ。

「んぷ……どう、おにぃさん……?」

 彼女が指を口から離したのは、指先が唾液塗れになるほど舐め回してからの事であった。それと同時によう やく霖之助の思考が事態に追いつき始める。目の前の少女が何をしたのか、そして自分が何をされたのかを理 解し、呆然とした様相で問い返した。

「どう、とは……?」

「傷、治った……? 唾をつければちょっとした傷は治る、ってお燐が言ってたから……」

 お燐、と言うのが誰の事を指すのかは霖之助には解らない。しかしそれが、空にこのような行動を起こさせ る切欠を作った人物だと言う事は理解出来た。別にお燐にも悪気が無いであろう事は霖之助も理解していたが、 それでもこの状況では恨み言の一つも言いたくなるのは仕方ないだろう。  だが、問題はそれよりも――

「うにゅ……。おにぃさん、怖い顔してる……まだ、傷痛むの?」

 慣れない行為をしたからか淡く紅潮する柔らかそうな頬、仄かに潤む大きく丸い瞳。心配そうに霖之助の事 を見上げる空からは、普段の子供っぽさからは想像も出来ないほどの妖艶さが溢れ出していた。元より彼女の 身体つきは大人の女性そのもの。並の男であれば既に堕ちていてもなんら不思議は無い状態だ。これで耐えら れるとしたら、そっちの趣味か或いは相当に強靭な精神力の持ち主くらいだろう。  そして霖之助は後者であった。

「い、いや……傷はもう大丈夫だ。心配ない」

 未だ混乱の最中にあった意識を理性で強引に押さえ、慣れない笑顔を浮かべて右手で空の頭を撫でてやる。 普通ならそこで余りにもぎこちない彼の笑みに、見たものは眉を顰めるだろう。しかし幸いな事に、空は彼の 言葉を屈託無く信じて嬉しそうに笑みを浮かべていた。  その笑顔を眺めながら、霖之助は切に願う。  ――これ以上の面倒は起こりませんように、と。  勿論、その願いが聞き届けられる事は無い訳であるのだが……。
* * *





「ふぅ……」

 湯気漂う香霖堂の風呂場、先の異変で湧いた温泉を利用して改修したそこに肩まで浸かり、霖之助は腹の底 から搾り出したような息を吐いた。いや実際のところ彼はこれ以上無いほどに疲れ切っていた、主に精神的に。  その原因は勿論昨日から泊り込んでいる空であり、彼女の事を考えるだけで頭が痛くなってくる。無論、彼 女に悪気が無い事は霖之助も十分に理解していた。しかしそれ故にどうやって言い聞かせれば良いか解らず、 また言ったところで彼女が理解してくれるとは霖之助には思えなかったのである。

「無邪気な邪気、とは良く言ったものだ……」

 霖之助の計算では彼女の第三の足が直るのは、最短でも明日と言ったところ。流石に夜は彼女も寝るから作 業に集中できるものの、起きている間はずっと相手しなければならないと思うと、何だか風呂場から出たくな くなる気分であった。  ――しかし、そこも決して彼にとっての安穏の地とはならなかった。

「おにぃさん、入るねー」

「……は?」

 ある意味、それは理想郷だったのかもしれないが(主に健全な一般男子的な意味で)。

「〜♪」

 ゴシゴシゴシ、と布を擦り付ける音に混じって、空の如何にもご機嫌な鼻歌が霖之助の耳に届く。聴く者の 心も弾ませるような、本当に楽しげな響きではあったものの、しかし霖之助の口から出るのは溜息ばかりであ った。  今彼等が一体どう言う状況にあるのかと言えば、場所は相変わらずの風呂場であり霖之助は突然入ってきた 空に背中を流されているのである。 (……何なんだこの状況は?)  それは今し方説明したばかりでありまた彼自身も十分に理解していた。が、それでも彼の頭に浮かぶのはそ の言葉ばかりである。しかしそれも仕方ないだろう。何しろ昨日出会ったばかりの少女にやたらと懐かれ…… まぁそれはまだ良いとして、あろう事か背中を流されている。一応互いにタオルは巻いているものの、場所が 場所だけに当然その下は裸であり要するにすっぽんっぽん。外の世界風に言うなら何処のエロゲーだこれ、と 言ったところだろう。  因みに、空がこんな行動を取った原因については彼女曰く―― 『男の人にお礼する時はお風呂で背中流してあげると良いよ、ってお燐が言ってた!』  またお燐≠ニやらか! それを聞いた瞬間、霖之助は恥も外聞もその他諸々も投げ打って思いっきり叫び たい衝動に駆られた。それと同時に顔も知らぬお燐のしてやったりな顔が、やけにはっきりと霖之助の脳裏に 浮かんだのは、果たして気の所為であろうか?  荒事は苦手だと自認する彼ではあるが、今回ばかりはちょいと怒りが有頂天に達して超が付く半人半妖に覚 醒しちゃいそうな感じである。とは言え、今彼の最優先事項は如何にこの状況を切り抜けるかだ。 (……とりあえず、彼女が満足するまで大人しくしている他あるまい。幸い、言葉以上の事をするとは思えないし)  今まで散々悩まされた空の子供っぽさが、この場では唯一の救いとなっているその事実に霖之助は嘆息する。 しかし子供と言うのは得てして、大人にはその思考が読み取れない生き物であった。  ――ツツー……。

「うおッ!?」

 脈絡も無く霖之助の背筋に走る、ゾクゾクとした感覚。それが背中を撫でられた結果である事を理解した彼 が慌てて振り向くと、そこでは空が何やら感心したように呆けた表情を浮かべていた。思わず何事か、と霖之 助は不快感も合わさって眉を顰める。それが届いた訳ではないだろうが、空がポツリと呟いた。

「……おにぃさん、肌綺麗だねー……。それにすべすべしてる……」

「く……」

 さわさわと優しげに擦られるそのこそばゆい感触に、霖之助は思わず呻き声を上げる。そんな彼の様子を気 にした様子も無く……と言うかそもそも気付いてすらいないらしい空は、尚も彼の背を擦りながら『ほへ〜』 とか『にゅ〜』とか間の抜けた声を出していた。今までの彼女の行動は極力気にしないよう勤めてきた霖之助 であったが、流石にこれ以上放っておいたらやばい事になりそうだ、と自己防衛本能がどこぞの妖怪少女と相 対した時並に警報を鳴らす。  しかし、彼が何か言うよりも一瞬早く――

「うにゅ……良いなー」

 ガバ、と空が勢い良く背中に抱きつき頬擦りまで始めてしまった。それ自体は昨日今日で幾度となくされて きた行為であったが、しかし今は格好が格好。柔らかさとか弾力とか熱さとか……その他諸々がダイレクトに 霖之助に伝わってしまった。  長命故かそれとも性格か、一般人間男性に比べて性欲がかなり薄気味な彼にも、流石にこれに反応しない訳 が無かった。と言うか、これで反応しないならそれはもう枯れてるを通り越して単なる不能だ。

「おにぃさんの肌、私やお燐よりも綺麗かもぉ……。  旧都にいる男の人達は皆黒かったり青かったりムキムキだったりするのにー」

 そりゃ妖怪だからだろう――そんなツッコミを入れる余裕は、当然霖之助には無かった。本人に自覚はない のだろうが、抱きつく形になっている以上彼女の腕は霖之助の胸板に回されており、うっとりとした声音でそ れを撫で回す様は娼婦以外の何者にも見えない。  そして、

「――ッ! 空ッ!」

 偶然か、はたまた本能か……空の手が下に動き始めたその時、半ば雰囲気に呑まれ掛けていた霖之助がハッ と我に返った。自らの胸に回された彼女の片腕を強引に掴み、締め上げながら振り向く。痛そうに顔を顰める 空の姿に、痣が残ってしまうかもしれないなと思いつつも霖之助は腕の力を緩める事はしない。これ以上受け に回ってはそれこそ取り返しの付かない事になる――その、殆ど確信と言っても良い想像が彼の中に浮かんで いた。例え嫌われ反撃を受けようとも此処は強く言い聞かせる――そう霖之助は考えていた、のだが……。

「い、痛いよぉ……おにぃさん……ッ!」

「……ッ!」

 苦痛からか微かに潤んだ大きく丸い瞳は不安げに揺れ、紅潮した頬とその上を伝うは汗とも涙とも取れる雫 ……。一瞬、その淫靡なまでの艶やかさに霖之助は思わず腕の力を緩めそうになってしまう。しかしそれを何 とか押し留め、彼女を戒める為の言葉を紡ぎ始める。

「君は少し無邪気過ぎる。馬鹿な男なら誘われてる、と勘違いしてしまいかねないほどにね」

 ――その、筈だった。

「…………そう、このように、ね……」

 突然の豹変についていけず思考が固まっているらしい空の頬に、霖之助は片手を添えた。ゆっくりと頬を降 りていくそれは、やがてその指先は彼女の唇の端に辿り着き、ツーと淡いタッチでまるで舐めるように撫でら れる。

「ん……!」

 それがくすぐったいのか、或いはもっと別の感覚故か……ピクンと空の身体が小さく跳ねるのを見て、霖之 助は薄く笑みを浮かべる。その瞳に宿る嗜虐的な光に怯え、いやいやとまるで懇願するように顔を振る空を、 しかし霖之助は腕に力を込める事で固定させた。  そして、プルプルと震える彼女の顔に自分の顔を近づけ――

「…………チッ」

 しかし接触まで後僅か、と言うところで彼は苛立たしげに舌打ちしながら、空から手を離して距離を取った。 そして一言、『すまない』と小さく零して彼はまるで逃げるように風呂場から出て行く。その顔はとても辛そ うに歪められていて、空は襲われ掛けた事も忘れて、彼の後姿を眺めていた――
* * *





「……らしくない事をしたものだ」

 逃げ出すように風呂場から出た霖之助は、夜風に当たろうと思い縁側に出ていた。サァ、と吹いた爽やかな 風が彼の色々な意味で火照っていた体を冷まして行く。しかし爽やかになったのは身体の表面だけで、彼の胸 中まではそうは行かなかった。 (本当に……僕らしくも無い……)  はぁ、と腹の底から搾り出すように息を吐いた彼の脳裏には、先程の風呂場での出来事が再生されていた。 決して彼だけに非があった訳ではないのだが、それでも状況が状況だけに第三者から見れば、彼の姿はいたい けな少女に襲い掛かる強姦魔にしか見えなかったであろう。もしもその第三者が天狗だったりしたら、それこ そ社会的にも物理的にも彼はこの世から消滅するに違いない。  とは言え、霖之助にとってそれはどうでも良い……と言う訳ではないものの、最優先で考えるべきは別の事 であった。それは、襲い掛けてしまった空の事。半ば雰囲気に呑まれてしまっていたとは言え、自分で言った 馬鹿な男≠ノ成り下がってしまった事に、また一つ息を吐いた。 (さて、どうやって彼女に謝罪すべきか……)  普段であれば例え自分に非がある事でも、屁理屈と言う名の理論武装と口八丁で相手を丸め込む彼であった が、流石に今回は事が事だ。適当に誤魔化して良いような問題ではなく、何よりこのままでは彼自身の気持ち に収まりが付かなかった。何だかんだで真面目且つお人好しなのだ、この店主は。

「……やはり、素直に謝るべきか」

 解りきっていた答えを、しかし敢えて口にする事で決意を固める。そうと決まれば善は急げ、だ。またうじ うじと悩みだす前にちゃっちゃとやる事やった方が、精神衛生上よろしいだろう。よし、と小さく頷き霖之助 は立ち上がろうとして――しかしそれは叶わなかった。

「おにぃさん……」

 ふわり、とまるで包み込むようような優しさを持って、霖之助は背後から抱きしめられる。それが空による ものである事は、言うまでも無い事であった。首元に絡められた細い腕にキュッと力が込められ、互いの吐息 が感じられるほどに頬を寄せてくる。やっている事自体は今までと変わらないのに、そこから感じられる雰囲 気はまるで違っていて……優しく、淫靡ですらあった。

「……どうしたんだ」

 喉元まで出かけた声を何とか押し止め、霖之助は唯それだけを絞り出す。薄い寝巻き越しに感じる少女の肢 体は何時にも増して艶かしく、否応無く霖之助の男≠刺激してきた。意識してやってるのか、そうでない のか……どちらにしろ悪い冗談だ、と霖之助は思う。  しかしそんな彼の思いを余所に、空は極めて静かな声で言葉を零しだす。

「あのね……さっきおにぃさんに迫られた時、私怖かった」

 その言葉が、自分の醜い部分を真正面から押し付けられたようで、霖之助の胸に鋭い痛みが走る。しかし、 彼女の言葉はそこで終わりではなかった。

「でも……それよりももっと胸がドキドキして痛いくらいだった」

「……それは、怖かったからじゃないのか?」

 ううん、と霖之助の言葉を否定するように空の長い黒髪が左右に揺れる。

「このドキドキは違う気がする。……でね、前にお燐が言ってた事を思い出したの」

 またお燐≠ゥ――そんな思いが霖之助の中に浮かぶも、口には出さずに黙って空の言葉の続きを待つ。

「お燐は、『大好きな人と一緒にいると胸がドキドキするのよー』って言ってた」

「……それが?」

「その時はその意味がわかんなかった。  だって、お燐やさとり様の事私大好きだけど、ドキドキしたりはしなかったもの」

「それは……」

 好き≠フ意味が違うから……なのはいうまでもないだろう。空が抱いているそれは友愛、敬愛といった感 情だ。しかしお燐が言っていたというそれはこの世で最も重く、美しく、そして醜い異性≠ヨの愛。

「それでね、私わかったんだ。お燐の言ってた好き≠チて、この事だったんだって」

 彼女の言葉は恐らくは正しいのだろう。しかしそれを理解はしても、納得するのは霖之助は躊躇われた。

「……何故そう思ったんだい? 僕は君を襲おうとしたんだぞ?  それに、僕等はまだ出会って一日たらずしか経っていない」

 長く一緒にいれば良い――という訳では必ずしもないが、しかし重要である事は間違いないだろう。

「君には僕が優しく見えたかもしれないが、それは僕がそういう風に振舞っていただけかもしれない。  そして、僕の本性はさっき風呂場で見せたあれなのかもしれないよ?」

 商売人であり且つ店主と客の間柄である以上、ある程度のキャラを作っていたのを霖之助は否定しない。し かし、あれが自分の本性だとも思いたくはなかったのだが。

「でも、私はおにぃさんの事好きだよ? それは今も変わらないもの」

 そこで一旦言葉を切り、空は未だ抱きついたままの腕にそっと力を込める。

「だから……さっきのも、あんまり嫌じゃなかった……そう、思う」

 自分の言っている事に確信が持てないのか、或いは単に恥ずかしいのか……恐らくはその両方から、空の声 はモゴモゴと小さくなっていく。それが何だか可笑しくて、霖之助は状況にも拘わらずクスリと口元に小さな 笑みを浮かべた。

「そうか……そう言ってもらえると、僕も嬉しいよ」

「……ほんと?」

「……あぁ。そこまで好かれてるのに嬉しくない、何て言うほど僕も捻くれているつもりはないよ」

「ッ! おにぃさん大好き!」

「ぐはッ!?」

 霖之助の言葉に感極まったのか、空は思わず思いっきり腕に力を込めてしまう。見掛けは可憐な少女とは言 え、中身は神の力を呑み込んだ妖怪であり、単純な力も人間の比ではない。だから、大して鍛えていない霖之 助があっさりと意識を手放してしまったのも……仕方ない事であろう。

「にゅ……? おにぃさん? おにぃさんッ!?」

 そして後には、ぐったりと横たわる霖之助と慌てて彼の身体を揺する空の姿が残ったのであった。













◆後書き◆

言いたい事は全てタイトルに凝縮しました。

2009/8/19:執筆
2010/3/7:掲載











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